【超低用量ピル】アスリートのコンディショニング/サッカー猶本光選手
- 松原 渓 編集部スタッフ
- 4月8日
- 読了時間: 9分
猶本光選手は、10代から女子サッカーの年代別代表で活躍し、2014年になでしこジャパンに初招集されました。ドイツ1部での海外挑戦を経て、WEリーグ2連覇中の三菱重工浦和レッズレディースに復帰した2020年から、4シーズンで3度のリーグ制覇に貢献しています。
2024年1月の試合中に左膝前十字靭帯損傷の大ケガを負いましたが、約1年間のリハビリを経て今年1月に公式戦に復帰。完全復帰へのプロセスを慎重に進めています。ベストコンディションで試合に臨むため、フェムライフ監修医の松田貴雄先生の指導の下、超低用量ピルを服用しているという猶本選手。服用を始めた経緯とともに、トップアスリートとしてのコンディショニングやケアについてもお話を伺いました。(取材:松原渓編集部員)

◆完全復帰へのプロセス。繊細な変化も見逃さない
──猶本選手は1月に膝のケガから1年ぶりに公式戦に復帰して、現在はWEリーグ3連覇を目指すチームの核としてプレーしています。日々、コンディションを維持するために気をつけていることを教えてください。
猶本 復帰に向けたリハビリでは膝周りの強化や、筋力トレーニングに力を入れてきました。ただ、いきなりボールを使った通常のトレーニングに切り替えてしまうと逆に膝周りの筋力や機能が落ちてしまうので、体の疲労を見ながら慎重に練習の強度を調整したり、チームに相談しながら、進めているところです。
──膝の筋力や柔軟性を高めて安定させながら、徐々にトレーニングの強度を上げているのですね。復帰までのプロセスの中で、体の感覚に変化はありましたか?
猶本 私はどちらかというと、もともと体の感覚には繊細な方だと思います。リハビリ中も、トレーナーやフィジカルコーチに丸投げするのではなく、自分の意見や感じ方の変化をその都度トレーナーに伝えながら、復帰に向けて体を作ってきました。トレーナーからは「他の人より伝えてくることが細かい」と言われています(笑)。
──練習前後のウォーミングアップや体のケアはどのようなことに力を入れているのですか?
猶本 膝は関節なので、地面の衝撃が蓄積するとまだ弱い部分があります。その点、バイクは非荷重なのでその衝撃を回避することができますし、動かすことで関節の循環液が回るので、トレーニングの前に取り入れたり、リカバリーでもバイクを漕ぐことが多いです。
◆経験を重ねて得た柔軟なコンディショニング
──10代、20代の頃とはケアにかける時間や、意識の持ち方は変わりましたか?
猶本 変わりましたね。若い頃にケガをした時は、リハビリ明けまでの期間は、今のようにじっくり自分の体と向き合うことはできなかったと思います。「これぐらい大丈夫」という感じで、体の信号を無視してすぐにサッカーに復帰しようとしていたはずです。今は日々、自分の膝からのいろいろな発信を受け取って、それに対してどうするかをその都度考えてトレーナーとも相談しながらケアをしています。それは、経験を重ねて変化した部分だと思います。
──筑波大学大学院時代には体育学の学士と修士を取得しています。スポーツ科学などの圧倒的な知識量も、現在のコンディショニングに生きていると感じますか?
猶本 そうですね。知識として学んだ部分はプレーにも生きていると思います。ただ、コンディショニングは何年もかけて体や感覚的な部分と向き合い、いろんな方の意見も聞いて自分にフィットするやり方を積み上げてきた部分が大きいと思います。
──今のコンディショニングでは、食事や睡眠も緻密にコントロールしているのですか?
猶本 いえ、むしろ昔の方が細かくコントロールしていたと思います。コンディショニングシートに細かく項目を作って、「今日は何時間寝た」とか「何を食べたか」とか、「これを試してみたらこうだった」とか、そういう取り組みを3年ぐらい続けていたんです。それで大体自分のリズムが分かってきた中で、最終的には自分の体が何が必要かを教えてくれるようになったので、数字にとらわれて頭でっかちになることはなくなりましたね。
──その時々で必要な睡眠や栄養素を、柔軟に考えながら補給できているのですね。
猶本 そうですね。睡眠時間は毎日9時間ぐらいですが、時には7時間しか寝られない日もあります。以前ならそれがストレスになってしまうこともありましたが、今は「これぐらいクリアできればいい」というラインや許容範囲が定まったので、「今日は睡眠不足だからミネラルを多めに摂っておこう」という感じでその都度調整しています。食事に関しては妹が管理栄養士の資格を持っていて、2020年にドイツから帰ってきた頃ぐらいから食事の管理をしてもらっているので、とても助かっています。

◆なでしこドクターを通じたピルとの出会い
──主治医の松田貴雄先生の診療を受けて超低用量ピルを服用されているそうですが、松田先生との出会いはどのような経緯だったですか?
猶本 ピルを服用し始めたのは、2016年ごろです。松田先生がなでしこジャパンのドクターだったので、なでしこの先輩を通じてつなげていただいたのが、最初のご縁でした。
──どのようなきっかけでピルを服用することになったのですか?
猶本 私はもともと生理周期が不順で、タイミングや期間が読めないのが悩みでした。ある日の朝、散歩していたらフラッと立ちくらみが起きたので「何だろう?」と思ったら生理の1日目だったんです。その日に試合が重なっていたのですが、1週間しっかりとコンディションを作ってきたのに、体が重くてうまくパフォーマンスを発揮できませんでした。同じような状況が2カ月間続いたので困っていたところ、同時期に代表でピルの効果についての話を聞き、服用を考えるようになりました。
──実際、パフォーマンスにはどのぐらいの影響があったのですか?
猶本 特に生理1日目と2日目は体が重く、体に鉛がついているような重さで、1本ダッシュをしただけで息切れして動けないぐらいでした。
──それは辛そうですね……。PMS(月経前症候群)やホルモンバランスの変化など、ピルとの関連性について知識はありましたか?
猶本 PMSなどについては10代で年代別代表に入った時などに何度か講義で聞いたぐらいでした。ただ、その時は若かったこともあり、「体調のコントロールが楽になるなら」という思いで松田先生の診察を受けました。
◆症状が軽く…!副作用を超えるメリット
──現在どのようにピルを服用していますか?
猶本 松田先生に定期的に相談して、これまでに3種類のピルを服用してきました。今飲んでいるものはパワーが出やすく、アスリートにはお勧めのピルみたいです。最大3ヶ月ほど連続服用できるそうですが、私は連続服用していても1ヶ月ぐらいで不正出血が起こり、生理が来てしまいます。そのため、出血があったら休薬するという形で、結果的に約1ヶ月周期で服用しています。
──実際に服用し始めてから、どのような変化を感じましたか?
猶本 生理痛がかなり軽減されましたし、経血量が減るなど、服用前後では生理中の症状に大きな違いがありました。なるべく試合に重ならないように飲み方をコントロールしていますが、生理が来たとしても症状が軽いので、メリットの方が大きいですね。
──2018年から2シーズン、ドイツでプレーしていた時期はどのように処方してもらっていたのですか?
猶本 松田先生に相談し、可能な範囲で帰国時に先にまとめて処方してもらっていました。
◆リハビリで得た手応え。自分らしいプレーを
──アスリートだけでなく、一般の方も含めて、ピルに関する知識がない人や、服用することに悩んでいる人へのアドバイスをいただけますか?
猶本 ピルに頼らずにコンディションを保てるのなら、それが一番いいと思います。ただ、アスリートとしては生理痛などがパフォーマンスに影響するのは困りますし、ピルを服用することでその痛みがコントロールできるのはメリットだと思います。生理痛などに困っている方は、まずピルの効果について知った上で、少しでもプレーに影響しないようにできるのだったら、試してみてもいいのではないかと思います。
──今シーズンも残すところ約3カ月となりました。チームとしては1月の皇后杯のタイトルに続き、AFC女子チャンピオンズリーグ、そしてリーグ3冠を狙える状況です。最後に、個人的な目標を教えてください。
猶本 リハビリでは膝以外の部分をしっかり鍛えながら体の使い方も変化させてきたので、ケガをする前よりもパワーアップした手応えを感じています。ただ、今は自分の中で「こういうプレーがしたい」と思っても、膝の状態を考えてセーブしてしまう部分がまだあります。膝がフィットしてこそそういうプレーを思い切り表現できると思うので、日々、様子を見ながら膝の調子を上げていきたいです。5月までには、自分らしいプレーをしっかりと表現できるようにしたいと思っていますし、どんなプレーができるのか、私自身も楽しみにしています。
【Profile】猶本光
1994年3月3日、福岡県出身。10代から世代別の日本女子代表で活躍し、2010年U-17女子ワールドカップ準優勝、2012年のU-20女子ワールドカップで3位入賞。12年に筑波大学に進学、浦和に加入して主力に定着、20歳の時になでしこジャパンに初招集された。2018年から2シーズン、ドイツ1部のフライブルクでプレーし、2020年に浦和に復帰。2023年の女子ワールドカップに出場。翌24年1月に左膝前十字靭帯損傷のケガをし、約1年間のリハビリを経て今年1月に復帰。リーグ後半戦と女子ACLで3冠を目指す。筑波大学大学院を卒業し、体育学の学士と修士を取得した。
取材後記(松原 渓)
国内女子サッカーを牽引する強豪・浦和の大黒柱として活躍する猶本光選手。世界トップクラスの選手が揃うドイツでの挑戦を経て、なでしこジャパンでも2023年のワールドカップで主力として活躍するなど、トップレベルを走り続けてきたキャリアは、緻密なコンディショニングなしには語れないものなのだと改めて知ることができたインタビューでした。
インタビュー内で「もともと体の感覚には繊細な方」と語っていますが、大学時代から科学的にトレーニングを学んで得てきた知見と、国内の第一線で戦い続けてきた経験値を融合させた“感覚”の鋭さや体へのアプローチは、他のアスリートと一線を画すものだと思います。超低用量ピルを服用するようになったきっかけはなでしこジャパンの先輩からの紹介だったそうですが、一つの判断が明暗を分けるトップレベルの戦いでは、PMSや生理痛がパフォーマンスに与える影響がいかに大きいかが伝わってきました。
それはアスリートに限らず、部活を頑張る学生や働く女性の皆さんにも言えることだと思います。体質や生活スタイルによっても適合するピルは違うと思いますが、困っている場合は、猶本選手のように「まず試してみる」ことが解決への糸口になるかもしれません。リーグ3連覇、そしてアジア制覇に向け、猶本選手の完全復帰にも期待しています!
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